安部晋三


山口4区

安倍晋三あべ しんぞう *世襲
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【HPより抜粋(国政に関するもの)】
外交
日本外交の基軸は日米関係であり、「世界とアジアのための日米同盟」が外交の要であることは言うまでもありません。
安倍内閣は「価値観外交」と「主張する外交」を掲げ、この基本路線で外交政策を実践しました。
「価値観外交」は自由、民主主義、基本的人権、法の支配という普遍的な価値観を共有する国の輪を世界、アジアに拡大して行くことを目指す外交戦略です。
教育再生
安倍内閣が掲げた「美しい国、日本」の姿は、品格ある国家、社会を創り、世界から信頼され、敬愛される国です。誰もが日本に生まれたことを喜び、誇りに思うことができる国創りを目指すためには、教育の再生が必要です。
教育再生を内閣の最重要課題と位置づけ、自由民主党はもちろん、多くの良識ある国民にとって60年来の悲願であった教育基本法改正を成し遂げました。同時に教育職員免許法、学校教育法、地方教育行政法の教育3法の改正も実現しました。
教育再生の目標はすべての子ども達に高い学力と規範意識を身に付ける機会を保障することであり、新しい教育基本法には「公共の精神」「道徳心」「国や郷土を愛する心」「職業教育・環境教育」などが盛り込まれました。
憲法改正
憲法改正が必要と考える理由として、次の3点を指摘します。
まず、憲法の成立過程に大きな問題があります。日本が占領下にあった時、GHQ司令部から「憲法草案を作るように」と指示が出て、松本烝治国務大臣のもと、起草委員会が草案作りに取り組んでいました。その憲法原案が昭和21年2月1日に新聞にスクープされ、その記事、内容にマッカーサー司令官が激怒して「日本人には任すことはできない」とホイットニー民生局長にGHQが憲法草案を作るように命令したのです。
これは歴史的な事実です。その際、ホイットニーは部下に「2月12日までに憲法草案を作るよう」に命令し、「なぜ12日までか」と尋ねた部下にホイットニーは「2月12日はリンカーンの誕生日だから」と答えています。これも、その後の関係者の証言などで明らかになっています。
草案作りには憲法学者も入っておらず、国際法に通じた専門家も加わっていない中で、タイムリミットが設定されました。日本の憲法策定とリンカーンの誕生日は何ら関係ないにもかかわらず、2月13日にGHQから日本側に急ごしらえの草案が提示され、そして、それが日本国憲法草案となったのです。
【来歴/政見・政策/問題・騒動・事件(Wikiより)】
学生時代
1977年春に渡米し、カリフォルニア州ヘイワードの英語学校に通うが、日本人だらけで勉強に障害があると判断して通学を止め、その後イタリア系アメリカ人の家に下宿しながらロングビーチの語学学校に通った。秋に南カリフォルニア大学への入学許可が出され1978年に入学。政治学を専攻し春・夏・秋学期を履修した後、1979年に中退したとされる。ただし南カリフォルニア大学の広報部によると、安倍が同大学で取得したコースの中に政治学は含まれていないという。この点について、安倍事務所は「政治学は履修したが、途中でドロップアウトしたため、記録が残っていないだけ」とコメントしている
突然の辞任(第一次内閣)への反応
安倍は辞任の理由として「テロ特措法の再延長について議論するため民主党の小沢代表との党首会談を打診したが、事実上断られ、このまま自身が首相を続けるより新たな首相のもとで進めた方が良い局面になると判断した」「私が総理であることが障害になっている」などとした(小沢は記者会見で「打診を受けたことは1回もない」と否定し、以降も「意見を変える気はない」と明言)。一方、自身の健康への不安のためとする理由も、与謝野馨(当時、内閣官房長官)が同日中会見で述べている。24日の記者会見では本人も健康問題が辞任の理由の一つであることを認めた。
特定秘密の保護に関する法律
2013年中旬から安全保障などの情報のうち「特に秘匿するが必要あるもの」を「特定秘密」と指定し、情報にアクセス出来る者の適正評価の実施や漏洩した場合の罰則などを定めた特定秘密保護法の検討を開始した。当法案には国内外で議論を呼び、報道各社が行った世論調査では廃案・見送りが多数を占めるものが大勢を占めたが、一部賛成が反対を上回るものもあった。法案は、2013年11月に衆議院で、12月に参議院で採決された。衆議院では与党に加えみんなの党も賛成したが、参院では直前の与党議員の発言などを受け全ての野党が賛成しなかった。その後、安倍政権の支持率は急落した。この法案に対しては国連が重大な懸念を表明し[、海外メディアからは「報道の自由及び民主主義の根本を脅かす悪法」、「日本で内部告発者を弾圧する立法が成立した」、「日本が報道の自由を制限」などと報じられた。元アメリカ国防次官補のモートン・ハルペリンは「知る権利と秘密保護のバランスを定めた国際基準を逸脱している」と法案を批判した。一方で、アメリカ合衆国国務省副報道官のハーフは記者会見で、日本で特定秘密保護法案が成立したことについて「情報の保護は同盟における協力関係で重要な役割があり、機密情報の保護に関する政策などの強化が前進することを歓迎する」と述べ、AP通信は「中国の軍事力増強に対抗するために強い日本を望む米国は、法案可決を歓迎している」と報じた
憲法
・総裁選では施行60周年を迎えた日本国憲法を改正すると宣言し、総理就任後の国会で、「現行の憲法は、日本が占領されている時代に制定され、60年近くを経て現実にそぐわないものとなっているので、21世紀にふさわしい日本の未来の姿あるいは理想を憲法として書き上げていくことが必要と考えている」と述べた。また“私は、国会議員になった当初から改憲論者だが、3つの点で憲法を改正すべきだと主張してきた。第一の理由だが、現行憲法は占領軍の手によって、憲法の専門家ではない人たちによって2週間そこそこで書き上げられた、と言われており、やはり国の基本法である限り、制定過程にもこだわらざるを得ない”と述べた
・2013年3月29日の参院予算委員会で、小西洋之議員の「芦部信喜さんという憲法学者ご存じですか」という質問に対して、「私は存じ上げておりません」と答えた
参考:芦部信喜(超有名な憲法学者)の学説
日本国憲法の制定の過程には、歴史上様々政治的な要因が働いていることは否定できないが、結局のところ、国民自ら憲法制定権力を発動させて制定したものであるとみるほかないとして宮沢の八月革命説を支持し、その結果、上掲の特質を全て備えた日本国憲法が制定されたとみる。
安全保障
・2006年11月14日、安倍内閣は閣議で、核保有についての鈴木宗男の質問主意書に対して、「政府としては、非核三原則の見直しを議論することは考えていない」と強調しながらも、「核兵器であっても、自衛のための必要最小限度にとどまれば、保有は必ずしも憲法の禁止するところではない」との答弁書を出した。
・第2次安倍内閣においては武器輸出三原則の撤廃を含めた根本的な見直しに着手。2013年9月28日に小野寺五典防衛大臣は、最先端の兵器は国際開発が主流であり、日本はその流れから取り残されているとして、武器輸出三原則を抜本的に見直す考えを示した。
・2014年3月、武器輸出三原則に代わる「防衛装備移転三原則」の原案が与党のプロジェクトチームに示され、同年4月1日に武器輸出三原則に代わる防衛装備移転三原則が閣議決定された
参考:防衛装備移転三原則
日本政府がとる武器輸出規制および運用面の原則のことである。2014年4月1日に、国家安全保障戦略にもとづいて、武器輸出三原則に代わる新たな政府方針として制定された
武器輸出三原則は、基本的に武器の輸出や国際共同開発をほぼ認めず、必要があれば、そのたびに例外規定を設けて運用する内容だったのに対して、防衛装備移転三原則は、武器の輸出入を基本的に認め、その上で禁止する場合の内容や、厳格な審査を規定する内容となっている。
年金問題
・年金記録問題では民主党の小沢一郎との党首討論で「消えた年金はどうするのか」という野党からの追及に対し「年金は消えたわけではない」として年金時効撤廃特例法案など具体的な救済案を提示した。該当者不明の年金記録5000万件の照合作業については「三千万人の方々とこの二千八百八十万件を一年間のうちに突合いたします」「一年間で私たちはすべて突合を行うということをお約束をする」と断言、当初2年程度を想定していた調査期間を前倒しすると表明し、自民党の公式HPでも宣伝した。第21回参議院議員通常選挙の際は、安倍自身が「最後の一人まですべての記録をチェックし、まじめに保険料を払ってきた人の受給を保障する」と各地で演説した。
・2008年1月、安倍はマスコミとの懇談の席上、「年金ってある程度、自分で責任を持って自分で状況を把握しないといけない。何でも政府、政府でもない」と指摘した。公約違反との批判に対しては「今になって(参院選の)選挙演説の『最後の一人までチェックして支払います』が公約違反と言われるけど、俺は一言も三月までに支払うとは言ってないんだよ」と反論している。2008年3月、社会保険庁の照合結果が公表され、1172万件分の持ち主が特定できたが、名寄せ困難な未解明記録は2025万件に達したことが明らかになった
原発政策
安倍首相は2014年5月1日、シティ・オブ・ロンドンで次のように演説した。
「世界のどこにも劣らないレベルの厳しい安全基準を満たしたところから、目下ひとつとして動いていない原子力発電所を、ひとつ、ひとつ、慎重な手順を踏んで稼働させていくことにしました。原子力における協力で、英国と日本は、長い関わり合いをもっています。原発事業会社、ホライズン・ニュークリア・パワー社は、ご承知のように、日立製作所の子会社です。また、東芝は、本年1月、原発事業会社ニュージェン社の全株式の6割を取得することを発表しました。フクシマの教訓を、英国と共有し、より優れた技術の開発に取り組めればよいと願っています。」
日米首脳会談での言及(慰安婦問題)
ブッシュ大統領との2007年4月28日の日米首脳会談後の共同記者会見で、「慰安婦の方々にとって非常に困難な状況のなかで辛酸を舐められた、苦しい思いをされたことに対し、人間としてまた、総理大臣として心から同情しておりますし、またそういう状況におかれていたと言うことに対して、申し訳ない、と言う思いでございます」とあらためて謝罪の意を示した。ブッシュ大統領は「安倍総理の謝罪を受け入れた」と応じた。しかし、「強制された」という言葉は、日本メディアは総じて報道しておらず、また安倍のそれまでの考え方と大きく違う発言でもあるため、産経新聞記者の阿比留瑠比などは英訳する際の「誤訳」とした。
安倍自身はこの問題に関し、「会談で従軍慰安婦問題は全く出なかった。そもそも日本が米国に謝罪する筋合いの話ではない」とアメリカメディアの報道は事実無根だと主張したが、2013年5月に主張を修正し、実際には日米首脳会談で「元慰安婦の方々に、首相として心から同情し、申し訳ないという気持ちでいっぱいだ」と発言したことは認める答弁書を決定した
政治資金
2015年に、政治資金規正法で禁止されている、国の補助金をもらった企業からの1年以内の献金(寄付)を受けた可能性があることが、明らかとなった。それに対し、安倍は「当該会社が国から補助金を受けていたことは知らなかった。まず事実関係を調査する」とし、政治資金規正法改正も視野に入れた検討の必要性について言及した。献金をした企業は、それぞれ、「お答えを差し控える(東西化学産業)」、「(補助金の性質から)政治資金規正法に抵触しない(電通)」、「例外規定の『試験研究』に該当し、法的問題はない(宇部興産)」とコメントしている。同種の献金は、与野党の党首以下、多くの政治家や企業が意図せず違反していた可能性が明らかとなっているが、献金禁止規定の見直しの必要性が言及されている
NHKへの圧力疑惑
2005年1月12日、朝日新聞は、「NHK『慰安婦』番組改変 中川昭・安倍氏『内容偏り』前日、幹部呼び指摘」との見出しで、経済産業相・中川昭一と内閣官房副長官・安倍晋三からこの番組の編集についてNHK上層部に圧力があったとする報道を行った。
2005年1月13日、NHKのコンプライアンス推進委員会へ「政治介入をうけた」というNHK番組制作局の長井暁チーフプロデューサー(当時。のちNHK放送文化研究所主任研究員を経て2009年に「家庭の事情」で退職)から内部告発があった。それによれば、安倍・中川が番組内容を知り、「公正中立な立場でするべきだ」と求め、やりとりの中で「出来ないならやめてしまえ」という発言もあったという。これに対しNHKは調査を行い、「NHKの幹部が中川氏に面会したのは放送前ではなく放送の3日後であることが確認され、さらに安倍氏についても放送の前日ごろに面会していたが、それによって番組の内容が変更されたことはなかった。この番組については内容を公平で公正なものにするために安倍氏に面会する数日前からすでに追加のインタビュー取材をするなど自主的な判断で編集を行なった」と主張。同日、長井はNHKトップの海老沢会長がすべてを承知でありその責任が重大だと指摘した
脱税疑惑
『週刊現代』は2007年9月29日号(9月15日発売)において、安倍が相続税を脱税していたとの記事を掲載した。内容は「父・晋太郎が生前、自身の指定政治団体に「安倍晋太郎」名義で寄付した6億円以上の政治資金を、66の政治団体に分散させて引継ぎ、3億円を脱税した」というものである[355]。『週刊現代』は安倍の辞意表明当日に、以前から脱税疑惑についての取材を安倍に申し入れていたことを明らかにした。
安倍の事務所は「事実無根である」と反論し、発行元の講談社に対して、当該記事を掲載しないよう「警告文書」を送った。事務所の関係者によると、「父である晋太郎が個人資産を政治団体に寄付し、相続税の支払いを免れたのではないか」との質問が『週刊現代』側からあったという。同事務所は、安倍の辞意表明当日の『毎日新聞』夕刊がこの一件について報じたことを受け、自民党本部の記者クラブ(本部平河クラブ)にて、「収支報告書には、あくまでも第三者からの寄付を晋太郎氏名義で記載しているにすぎず、個人献金ではないので相続税の問題はない」とする内容の文書を配布し、疑惑を全面的に否定した。これについて、「高瀬真実」のペンネームで『週刊現代』の当該記事を執筆したジャーナリストの松田光世は、「その説明が正しいなら、安倍事務所は『安倍晋太郎』という偽名を使って政治資金収支報告書への虚偽の記載を毎年続けていたことになる」と述べている。
『週刊現代』は安倍の事務所宛てに9月12日を回答期限とした質問状を送付したが、安倍側からの回答は無かった。安倍は9月12日午後2時に会見を開いて辞任を表明したが、『週刊現代』の記事が原因になったとの見方もある。
刑事事件としては既に時効が成立しているが、『週刊現代』は財務省相続税担当官の話として「これが事実なら明らかに脱税」「自主的に納めていただきたい」などと掲載した。安倍は首相再任後の2014年11月4日、社民党党首の吉田忠智が参議院予算委員会で本件に言及し、自発的納税を促したことに対し、重大な名誉棄損に当たるとして、吉田を非難した
後援会事務所等襲撃被害
2000年(平成12年)6月28日、安倍の後援会事務所(山口県下関市)の窓ガラスが割られ、屋内外に火炎瓶2本が置かれた。これに先立つ同月14日には同事務所近くにある催事場駐車場の壁、同月17日には安倍の自宅(同市内)の倉庫兼車庫にそれぞれ火炎瓶が投げられ、自宅の事件では車2台が焼ける被害もあった。事件が起きたのは、安倍が三選を目指した衆院総選挙(同年6月25日投開票)の最中であった。事件の3年後の2003年(平成15年)11月、福岡・山口両県警の合同捜査本部は、指定暴力団(後の特定危険指定暴力団)工藤會系高野組(本部・福岡県北九州市)の組長ら6人を、非現住建造物等放火未遂容疑で逮捕し、工藤会本部事務所(同市内)などを家宅捜索した[360]。同事件では、主犯格の組長に懲役20年[361]、実行犯らに懲役8年から13年の判決が確定した。なお、同事件では、1999年(平成11年)に行われた下関市長選挙に際して安倍が推した候補者を支援した土地ブローカーが、被告人の一人となっている。公判の検察側立証で、この被告人は、安倍が推した候補者の支援活動に当たって当時の安倍の秘書が300万円を工面したため、さらに安倍本人に金を要求したところ、これに応じなかったことから、暴力団と共謀して報復したと証言している
危機管理
えひめ丸事故
2001年2月10日、アメリカ合衆国ハワイ州沖にて、愛媛県立宇和島水産高等学校所属練習船「えひめ丸」がアメリカ海軍所属原子力潜水艦「グリーンビル」に衝突され沈没する事故が発生した。森政権では、緊急事態発生時には内閣総理大臣、危機管理担当大臣、内閣官房長官、内閣官房副長官のいずれかが休日であっても30分以内に総理大臣官邸に参集し即応する危機管理体制を取っていた。えひめ丸事故発生時には、内閣総理大臣森喜朗、防災担当大臣(危機管理担当兼務)伊吹文明と内閣官房長官福田康夫は東京を離れており、緊急事態発生時の官邸参集は内閣官房副長官の安倍が担当だった。しかし、都内の自宅にいた安倍は事故発生後30分以上経っても官邸に出向かず、ゴルフ場にいた森喜朗に対し官邸側からその場を離れないように指示するなど対応が混乱し、後に大きな批判を浴びることになった
能登半島地震
2007年3月25日、石川県輪島市沖の日本海でマグニチュード6.9の能登半島地震(最大震度6強)が発生した。地震発生から数分後には総理大臣官邸の危機管理センターに対策室が設置された。しかし、安倍は週末や休日は公邸ではなく私邸で過ごすことが多く、地震発生の日も私邸に滞在していたため、発生から2時間後に官邸に到着した。衆議院議員の江田憲司は「東京直下型地震やテロが発生したら、道路事情等で迅速に官邸入りできない可能性もある」と指摘し「危機管理の最高責任者である総理が、官邸のオペレーションルームに寄せられる生の情報をもとに瞬時に判断を下せないと意味がない。首相としての自覚があるなら、私邸に泊まるのは控えるべき」と批判した。なお、安倍内閣発足から204日間のうち、安倍が公邸に引っ越してから週末・休日に就寝した場所の内訳は公邸34%、私邸49%となる
新潟県中越沖地震
2007年7月16日、新潟県沖の日本海でマグニチュード6.8の新潟県中越沖地震(最大震度6強)が発生した。第21回参議院議員通常選挙の遊説中に地震発生を知らされた安倍は、いったん官邸に戻ってから、地震発生当日にもかかわらず震度6強を記録した柏崎市を訪問した。余震の発生が懸念される中で首相自らが震源地に程近い現地を訪問したことは、危機管理の観点から議論を呼んだ。
元経済企画庁長官の堺屋太一は「現場に行ったときに果たして正確な情報が得られるのか。総理大臣は通信情報の拠点におられた方が良かった」と指摘し、衆議院議員の加藤紘一は「担当大臣を派遣するっていうのが本来の第一歩だと思います。総理大臣は大将ですから、一番官邸にいて指示を出すっていうのがいい対応」と指摘した。さらに、安倍の行動については「首相が発生直後に行けば、現場が首相への対応に人手を割かなければいけなくなり、行っても混乱するだけだ」との指摘もなされている。
平成26年豪雪
2014年2月に雪害が発生。豪雪非常災害対策本部では、降雪の激しかった14日から16日まで、被害の取りまとめや対処が行われている。首相は16日、午前中を自宅ですごした上、午後5時49分から支援者らと食事をしていたが、Twitterでは「陣頭指揮に立っていなければいかんな」と非難された。首相を擁護する意見に、断食させるような非難の仕方はおかしいというものがあったが、会食でなくても食事はできる。一方、会食と被害増加の因果関係を否定する意見が出ており、これは肯定論・否定論ともに証拠の提出が難しい問題としてくすぶっている。また、首相は17日になって政府調査団を山梨県に派遣したことを明らかにしている。その遅さを山梨大学教授の鈴木猛康が指摘し、Twitterでは対応への批判が起きた
福島第一原発事故
2011年5月20日、自身が発行するメールマガジンにて、東日本大震災によって発生した福島第一原子力発電所事故における海水注入対応について当時の首相・菅直人に対し「やっと始まった海水注入を止めたのは、何と菅総理その人だったのです。」と発信し、「菅総理は間違った判断と嘘について国民に謝罪し直ちに辞任すべきです。」と退陣を要求した。しかし、事故当時の福島第一原発所長・吉田昌郎の判断により実際には海水注入は中止しておらず、菅から中止の指示があったという指摘についても、翌2012年の国会の東京電力福島原発事故調査委員会において、中止の指示を出したのは総理大臣の菅ではなく、官邸へ派遣された東京電力フェローの武黒一郎によるものだったと武黒本人が主張している。これに関し、菅は安倍に嘘の情報を流されたとして、謝罪と訂正を要求していたが[387]、安倍はこれに応じずメルマガの掲載を続けたため、2013年7月16日、菅は東京地裁への提訴に踏み切った。
また、当時安倍は情報の出所として「(経産省の)柳瀬か(保安院の)寺坂に聞けば分かる」と記者達に話していたため、柳瀬唯夫に対して多くの記者達から「注水を止めたのは総理の指示か?」という問い合わせがあったという。柳瀬にとってその問い合わせは寝耳に水であり「ありえません」「安倍さんの言っていることは嘘です」と返答したという。
首相再就任後の2013年、福島第一原発の汚染水が大量に土壌や海洋に流出していることが判明した。これについてイギリスのタイムズ紙は「安倍は政府として介入し流出を防ぐと言うだけで、具体的には何もしていない」と批判した
発言
ときわ台駅での警察官の殉職
東武東上線ときわ台駅で自殺しようとした女性を救おうとして殉職した、警視庁板橋署の巡査部長を2007年2月12日夜に弔問した際、故人の勇気ある行為を讃えるコメントで、名前を2度にわたって間違えた。首相公邸連絡調整官(妻・昭恵の補佐員)と混同したのでは、と言う声が上がっている。これについて、作家の吉川潮は産経新聞のコラムで「『名前ぐらい、ちゃんと覚えて行け!』と叱りたくもなる」「総理の人間性にも問題があるのではないかと思ってしまう」と批判している
石川遼
2007年5月23日、「安倍首相自身が『会ってみたい』と対面を希望し」ていた杉並学院高等学校の石川遼との会談が実現し、安倍は総理大臣官邸にて揮毫を手渡したが、石川は5月25日から中間テストを受ける予定であり、大事な時期に総理大臣官邸に呼びつけた安倍に対し批判がなされた。さらに、参議院議員選挙に向けた話題づくりとして、投票権すらない高校生を利用してよいのかといった指摘がなされた。この問題に対し、直木賞を受賞した作家の重松清は「『教育』を政策の柱に掲げる首相が、平日に高校生を官邸に呼びつけるというのは、やはりスジが通らない」と批判し、安倍が「真実一路」と記された色紙を石川に渡したことについて「この言葉を真に渡すべき相手、他にいるんじゃないですか?」と評した。なお、「真実一路」とは安倍内閣の農林水産大臣であった松岡利勝の座右の銘でもある。
2008年の衆議院補欠選挙
2008年4月、山口県第2区の衆議院議員補欠選挙にて、岩国市で自民党公認候補の山本繁太郎を支援する演説を行った際に、光市母子殺害事件の被害者家族について「光市の街頭演説には本村さんがいらっしゃいました。本村さんは私に『頑張ってください、山本さんを応援しています』とおっしゃった。本村さんは山本繁太郎さんに賭けたのです。」と発言した。さらに、犯罪被害者支援問題について「お嬢さんを無惨に殺された本村さん。そのお嬢さんの遺影を持って私の所にやってきて『どうか安倍さん、この法律を通してください』と涙ながらに訴えたのです。」と発言した。
しかし、本村洋は「演説で名前を出されて本当にビックリしました。(山本候補を応援した事実は)まったくありません」と否定しており、犯罪被害者支援問題についても「陳情したのは私ではない。遺影とかは出していませんが、小泉総理にお願いに行ったことはあります。安倍さんには光市での演説のときに初めて(聴衆の一人として)お会いしました」と説明した上で、安倍の演説について「私がいないところでそういう発言をされたことはどうかと思います」と語っている。
安倍晋三事務所では「『お嬢さんを殺されたお母さん』と明確に述べたのであって、本村氏のことを述べたものではありません」と反論しており、本村との面識については「光市における街頭演説後、安倍が会場の多くの聴衆とマスコミの中で本村氏と挨拶をし、安倍が本村氏と会話をした」と主張している。そのうえで、この問題を報道した文藝春秋に対し抗議文を送付した
自衛隊について「我が軍」と発言
2015年3月20日、参議院予算委員会で自衛隊に関する質問への回答の中で自衛隊について「わが軍」と発言した
利益団体との関係や人脈
公明党・創価学会
首相就任直前の2006年9月22日に極秘裏に東京都内の創価学会の施設で、池田大作創価学会名誉会長と会談を持ったと主要新聞「『産経新聞』を除く」をはじめ各種メディアが伝えた。面会は安倍自身の要望だとも伝えられている。祖父、岸信介と創価学会第2代会長の戸田城聖が、父、安倍晋太郎と池田が親しかったことが話題となり、安倍は池田に父がお世話になったお礼を述べ、参院選での公明党、創価学会の協力を要請し、池田は協力を約束したという。また、日中関係の早期改善ということで意見の一致を見たという。同月30日には公明党大会に来賓として出席し、祖父も父も公明党とは交友関係が深かったとして「何か特別な運命を感じる」と語った。
その後、国会で池田と面会した事実があったかという野党の質問に対して、安倍は「そういうことはございません。」という答弁を繰り返した。2007年2月13日の衆議院予算委員会でも同様に否定した
在日本朝鮮人総聯合会
2008年1月26日、首相当時の番記者を集めた地元山口でのオフレコ懇親会において、「朝鮮総連の山口の幹部とも俺は仲がいいんだよ。やっぱり幹部は金持ちだしね。いろいろと子弟の就職の世話とかを頼まれるんだよ」と述べている。
在日韓国人の実業家
韓国の親米保守勢力(現在はセヌリ党)とは韓国が朴正煕軍事独裁政権だった頃から国際勝共連合などを通じ代々親しく、父、晋太郎も日本政界きっての親韓派だった。その繋がりのため、安倍の下関事務所は、日本でパチンコ事業を展開する在日韓国人系の七洋物産(東洋エンタープライズ)関連のビルを借りている

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  • 最終更新:2015-09-21 06:19:45

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